なぜ民泊を制限するマンションが増えているのか

民泊禁止
日本政府観光局がまとめたところによると、2015年の訪日外国人数が1973万7400人となり、3年連続で過去最高を更新しました。政府が掲げる2020年までの目標2000万人まであと一歩のところまで迫っており、2016年中の達成はほぼ確実と見られています。訪日客急増の背景には、アベノミクス政策による円安効果や、LCCなど格安国際航空会社の路線増加が寄与しており、おもに中国や台湾などアジア諸国からの観光客の増加が顕著になっています。

そんな中、東京・京都・大阪などの大都市を中心に、訪日客の受け皿となる宿泊施設不足が深刻化しており、中には宿泊予約が3ヶ月後まで一杯というホテルも少なくありません。今後開催されるさまざまな国際イベントを前に、宿泊施設不足は国を挙げて取り組むべき課題になっています。

宿泊施設不足がメディアでも頻繁に報じられるなか、その問題解消の秘策とも言われる「民泊」に大きな期待が寄せられています。2015年10月には、大阪市と東京都大田区において「民泊」条例が可決し、2016年春から運用が開始されようとしています。

大きな効用が期待される民泊ですが、2015年秋以降、さまざまな問題を含む事がわかってきました。そこで今回は、民泊問題の中でも、特に、民泊を制限するマンションが増加している背景を中心にお話しして行きたいと思います。

民泊を取り巻く状況

民泊Ⅰ.あらためて民泊とは?

民泊を簡単に言うと「民家に宿泊すること」です。一般的に、宿泊施設と言えばホテルや旅館などが該当しますが、民泊はそのような宿泊専用の施設ではなく、個人の住宅や賃貸物件の一室などを、短期的な宿泊施設として利用することを指します。現在では、インターネットで個人の自宅を公開して利用者を募る“Airbnb(エアービーアンドビー)”などの新業態の登場により、ネットを通じて個人の住宅や投資用不動産を貸し出すことを民泊と呼ぶようになっています。

Ⅱ.民泊の法制化

東京五輪招致や和食ブームなどにより、2010年前後から訪日客数が急激に増加しはじめ、その受け入れ態勢の整備が以前から指摘されていました。都心部では大型ホテル建築が急ピッチで進められ、既存のホテルでは改装工事なども行われていますが、その数は客数に対して充足しているとは言えない状況です。

一方で、人口減少に伴い、一戸建てや賃貸物件などで急増している空き家が、放火や犯罪者の潜伏などの犯罪を助長する問題が顕在化しており、長期間不在状態の住宅を解体する条例が施行されるなど、宿泊施設は足りないのに空き家は増えているというミスマッチ状態が問題になっています。

このような問題の解決策として、政府は現状の旅館業法の規制を緩和し、2014年アパートやマンションの空室を訪日客などの旅行者を対象とした、民泊を目的とする国家戦略特別区域を制定に乗り出し、現段階では大阪府と東京都大田区が認定されました。

ただ、民泊が制度化されたとは言っても許可無く自宅を民泊するのは違法であり、原則として募集には行政の許可や届出が必要となります。

Ⅲ.地域イベントの支援から国の制度へ

今般、旅館業法の規制緩和でスタートした民泊制度ですが、その出発点は、地方で開催される国体やお祭りなど大規模なイベントの際、宿泊施設が整っていない地域において、一時的に自宅などを開放した活動が始まりと言われています。昭和43年、福井で開催された国体を皮切りに、住民と行政がタッグを組み、地域のイベントを支援するために地元住民が自宅を宿泊施設として提供してきたのです。

一般の方々が、自宅を開放してまでイベント運営に貢献しようという取り組みは、とても画期的な事であり、今般の民泊においても、訪日客対策にとどまらず、観光地における地域振興や地方創生にも波及させるような新たなビジネスの創出に、各業界からも注目が集まっています。

Ⅳ. Airbnbとは

民泊がメディア等で取り上げられると、決まって“Airbnb(エアービーアンドビー)”もセットで紹介される事が多くなっています。このAirbnbとは、民泊を扱うアメリカ発足のインターネットサービスで、ホテル、リゾート施設、民宿などの宿泊施設を貸し出したい人を対象に世界192ヶ国で営業展開しており、日本には2014年5月に進出してきました。

Airbnbが急成長した理由は、一般個人の家に他人が泊まるという斬新なシステムにあります。海外とくに欧米においては、友人を自宅に招いたり、旅行先で知り合った人の家で寝食を共にするといったレベルの民泊は、慣習として存在していました。

しかしAirbnbは、「インターネットを介して貸す側と借りる側が評価し合うシステム」を確立することにより、日本はもちろん欧米にも存在しなかった「他人の家に他人を宿泊させるビジネス」を創り出したのです。

自分の家が宿泊施設として公開されるという想像もしなかったアイディアは、日本の住宅所有者からも大きな支持を集め、事業は急拡大して行きました。が、急拡大の影にトラブルは付き物で、このところ各方面から民泊絡みのトラブルが報告されるようになっています。

現状、既存のホテルや旅館などの宿泊施設は、旅館業法や消防法などの法規制をクリアしたうえで営業が許可されています。また、営業を目的にベッド等の寝具を提供して宿泊させる場合も、現状では旅館業法が適用されます。しかし、民泊会社が扱う施設では、まだ民泊制度がスタートしていない時期から、必要な許認可を得ずに営業を開始したと報じられています。そんな状況に既存のホテル旅館業界が黙っていないのは当然で、違反報告などの圧力が民泊会社に対して行われたとも言われています。

最近、民泊がクローズアップされている背景・・・民泊がもたらす様々なトラブル

トラブルⅠ.最近報告されているトラブル

東京や大阪などの大都市圏において、Airbnbなどの民泊会社を通じて貸し出された部屋にまつわるトラブルが、数多く報告されています。実際、マンション内の住民や自治会などから、民泊に関する行政への苦情や問い合わせの件数は増加しており、保健所等の立ち入り調査で違反が発覚し、物件オーナーが貸し出しを中止するなどのケースが頻繁に発生しています。そのため、マンションであれば管理組合の許可を取って部屋を貸し出すというケースも最近では行われていますが、それでも共用部分の利用や夜間のマナー違反などのトラブルが後を絶ちません。

なかでも最近多いのが、マンション物件におけるトラブルで、ゴミの分別・搬出の問題や夜間の騒音といったマナーに関するトラブルから、エントランスホールやロビーなどの共用施設を何日も占有したり、入居者の知人などを宿泊させるためのゲストルームを宿泊客のために無断で転用するなどの迷惑行為が各地で報告されています。

Ⅱ.犯罪の温床となり得るケースも

マンションは一戸建てと違い、多くの住人が出入りするため、セキュリティ面に限界があります。とあるマンションでは、民泊を扱う会社の担当者が、入居者以外には秘密であるはずのオートロックの解錠番号を宿泊客がいる前で入力し、出入りさせていた事例がありました。これは、迷惑行為では済まない事で、セキュリティの隙を狙った犯罪の温床となる可能性も考えられます。

実際に、ホテルの1室において、毎回同じ部屋を予約していた客が浴室に拳銃を隠していた事件がありました。ホテルで起きるなら、民泊でも十分に可能性があると言えるでしょう。また、賃貸アパートの空き住戸に常備されているキーBOXを解錠し、振り込め詐欺の受渡し場所に使われたというケースも報告されています。

これらの事例から懸念されるのは、民泊で貸し出した部屋が犯罪集団の拠点に利用される危険性です。性風俗業の場に供されたり、違法薬物の密売組織の潜伏先として使われる可能性もあり得るでしょう。さらに、テロ集団の拠点にされたりする危険性もあり、保安省庁 による対応が検討されています。

Ⅲ.タワーマンションにおける民泊トラブルが、民泊制限に拍車をかける。

Airbnbが日本国内で人気を集める理由のひとつに、ホテルや旅館などの既存の施設にはない、個性的な部屋に宿泊できる点が挙げられます。なかでも都心に建つタワーマンションなどの高級物件は、普段では味わえないセレブな生活を体験できるということもあり、おもに中国をはじめとするアジアの宿泊客から人気を集めています。

タワーマンションには、投資目的で所有しているオーナーも多く、一般の賃貸物件として貸し出すより収益性の良いAirbnbスタイルの民泊を活用するケースが増加しています。一方で、投資ではなく純粋に居住目的で所有しているオーナーも当然いるわけで、その多くは富裕層世帯やリタイア後のシニア世帯などがラグジュアリーな生活を味わうために購入されています。そして、それに応じたセキュリティーレベルの高さも購入動機の重要なポイントになっています。

しかし、先の事例のような民泊利用者による迷惑行為やトラブルが明るみになると、セキュリティーレベルや共用部分の管理水準などに問題がある物件という烙印を押されることにつながるため、資産価値の下落を不安視する声がオーナーから上がり始めており、タワーマンションにおける民泊を規制しようとする動きが、管理組合レベルで出始めています。

民泊禁止の実現に向けた対策

禁止タワーマンションにおける民泊トラブルの報道を受け、新たな対策を講じる動きが出始めています。ここでは、民泊禁止に踏み切った新築マンションの事例や、既存マンションが民泊を規制する際のハードルについて触れてみたいと思います。

Ⅰ.民泊禁止を謳った新築マンションの登場

日本経済新聞web版2015年12月8日の記事「民泊禁止の新築マンション、住友不動産、住民の不安考慮」において、住友不動産が都市部など民泊の需要増が見込まれる地域における新築物件を対象に、民泊を禁止する条項を管理規約に導入する内容が掲載されており、住友不動産だけでなく、他のマンション業者も民泊禁止の導入する動きが出始めています。

また、子育て世代が入居するファミリータイプの物件では、不特定多数の外国人が出入りするのはなじまないとする意見が多く寄せられており、高級タワーマンションだけでなく、ファミリータイプの物件にも民泊禁止の適用が検討されています。

Ⅱ.既存マンションの民泊対策

新築物件であれば、民泊制限の条項を販売時の管理規約に盛り込む事ができますが、既存物件の場合は、所有者を対象とした総会の招集・議決が必要となるため、ハードルが高くなります。前述した投資目的の購入者の場合、民泊禁止を受け入れない可能性がありますし、各住戸が独立した部屋の使用法にまで管理組合が口を挟むことも障害になるでしょう。

そんな中、販売したマンション業者が、住民の声を反映させるべく対応に乗り出しました。前項の日経新聞記事の後半の記載で、「自社で開発した既存物件であっても、多数の住人が民泊の導入に賛同しない場合は、民泊させないためのアドバイスを管理組合に対して提案する」とし、既存物件においても必要な法的対策によって、民泊を厳しく制限していく事としたのです。

でも、マンション業者のサポートが得られない場合はどうするか。弁護士への相談も考えられますが、費用と時間が掛かることになります。そこで、筆者からひとつアドバイスさせて頂きます。

マンションの法律である「区分所有法」には、民泊から区分所有者(各住戸のオーナー)の利益を守る条文が明記されているのです。

区分所有法 第6条1項
区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。

各住戸のオーナーは、専有部分の所有権はあるものの、マンションという一棟の建物を共同で利用している側面もあるため、各住戸の使用方法が共同の利益に反するようであってはいけないのだという主旨です。

区分所有法 第6条3項
第1項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者(以下「占有者」という。)に準用する。

これを民泊に置き換えると、区分所有者以外の専有部分の占有者とは宿泊客のことであり、宿泊客も共同の利益に反してはならない対象者だと規定されています。

本項の冒頭で、「専有部分の使用法にまで管理組合が口を挟むことは難しい」とお話ししましたが、区分所有法の規定を用いることで、口を挟める余地があることになるのです。さらに、民泊オーナーが二度と同じ行為をしないよう「差し止め請求」することもできますが、これには管理組合総会の過半数の議決によって訴訟に持ち込む必要があります。それでも、大切な資産と住環境を守るためには、そういった行動を起こすことも必要であると言えるでしょう。

- 2016年03月28日