マンション建て替えができない?問題点や法律を事例を踏まえて考える

老朽化した一戸建て住宅を解体し、建て替え工事しているのを見掛けたことがあるかと思います。一戸建ての場合は、所有者が世帯主など単独であることが多いため、権利や資金面の問題はその世帯だけで解決すれば良いことになります。

それでは、老朽化したマンションを建て替えする場合はどうなるのでしょう?マンション1棟には数十から百以上の所有者がいて、専有部分(各部屋)だけでなく共有部分(エレベーター、廊下、集会所、ゴミ集積所など)もあるため、一戸建てのように単独で解決する訳にはいきません。

実は今、この老朽化マンションの建て替えが大きな社会問題となっており、新たな法整備によって問題解決を図る動きも見られますが、実施に向けては障害も多く、建て替えが実現したケースは決して多くはありません。

そこで今回は、マンション建て替え問題の背景、法整備、建て替えの工程、問題点などについて解説していきたいと思います。現在、マンションを所有されている方はもちろん、中古マンションの購入を検討されている方も参考にして頂ければと思います。

マンション建て替えが社会問題化した背景

地震2016年時点で、築年数が40年以上のマンションは約56万戸あるとされています。これが10年後になると約3倍の162万戸、20年後では5倍超の316万戸に達することになります。このマンションの老朽化に伴って不安視されるのが「耐震」です。2016年現在で、新耐震基準(1981年制度改正)に適合しない旧耐震基準のマンションは106万戸も存在しています。

それなら、速やかに建て替えすれば良いのではと考えますが、現行法では複雑な問題を乗り越えなければならず、実際に老朽化したマンションの建て替えは、2014年4月時点で230物件しか実現していません。

そんな将来の問題ではなくなっているマンション老朽化に対し、2014年12月に国が新たな法整備を行いました。それが、「マンションの建替えの円滑化等に関する法律の一部を改正する法律(以下、マンション建て替え法)」です。“改正”ということは、以前にもマンション建て替えの法律が存在していたものの、それでは不足があったために改正されたということになります。

果たして、今般の改正が老朽化マンションの建て替え問題解決の特効薬となるのか。改正法の説明に入る前に、まず従来行われていた建て替えの方法がどのような内容であり、スムーズな建て替えを阻んでいたのはどのような事だったのかについて次項で説明します。

従来の制度はどのような内容だったのか?

等価交換方式

老朽化マンションの建て替えが実現しない理由のひとつとして、マンションの所有者の中に建て替えするための資金を準備できない方がいる場合に、所有者で構成される「管理組合」の合意形成得が困難なことが挙げられます。そこで、法改正前から現在に至るまでも多く採用されてきたのが「等価交換方式」という手法です。

分譲マンションを建設するには、事業主体となるマンションデベロッパーがマンション用地を取得する必要があります。広大な空き地があれば地上げなどによって購入することで用地を確保できます。

もし、その土地に老朽化した分譲マンションが建っている場合は、そのマンションの各所有者から土地権利の提供を受け、解体・建て替え後に権利の比率に応じた割合で土地建物の権利を譲渡するという方式を取ります。

建物が古くても新しくても土地の評価に大きな差は生じないため、老朽化マンションの土地の価値と建て替え後のマンションの土地建物の価値を交換することによって、老朽化マンション所有者の資金不足をカバーすることができます。

ただ、デベロッパー側としては利益を出す必要がありますので、旧マンションの所有者だけに分譲するのでは意味が無く、マンションの規模や戸数が建て替え前よりも大きくなり、等価交換以外の住戸を販売することによって利益を出せると判断できた場合のみこの方式が採用されます。逆に言うと、建て替え前の敷地や容積率に余剰がない場合は、より大きな規模・戸数が確保できないため等価交換による建て替えは困難になります。

建て替えには数々の法制限がある

法律冒頭でお話ししたように、分譲マンションは1棟の建物に各所有者の専有部分と共有部分があることから、権利関係、管理、日常生活においてトラブルが生じないよう一定のルールが設けられており、そのルールを法制化したものが「区分所有法」という法律です。

さらに、1960年代の高度成長期以降に建築された築35年以上のマンションを建て替える際は、周辺の環境整備も併せて行う場合もあるため、「都市再生法」という法律が適用されます。

マンション建て替え法改正前において、都市再生法を活用したマンションの建て替えでは、原則として区分所有者(各住戸の所有者)全員の合意が必要であり、都市再生法以外の建て替えでは、区分所有者の5分の4以上の合意が必要でした。

マンション建て替え法改正前の規定区分所有者全員から合意を取り付けるのは不可能に近いと言えますし、5分の4でも100戸なら80戸の合意ですので、かなり高いハードルと言えるでしょう。区分所有法にしろ都市再生法にしろ、法律上の制限が建て替えの大きな障害となっていたことがわかります。

改正「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」の内容

改正法の説明に入る前に、従来法を整理します。

従来法等価交換についてはデベロッパー側の事情に左右されるところがありますが、区分所有法と都市再生法については改正の余地を残しており、これらの総合的な事情を考慮して制定されたのが、「マンションの建替えの円滑化等に関する法律の一部を改正する法律」です。都市再生法にかかる老朽化マンションの建て替えには、区分所有者全員の同意が必要でしたが、改正によってその制限が緩和されました。以下、改正点と必要な手続きについて説明します。

都市再生法にかかる建て替えが大前提である

重ねて申し上げますが、都市再生法を活用した建て替えであることが大前提になります。都市再生法以外のケースについては改正の対象となっていません。

耐震基準の認定

耐震新耐震基準に不適格であるという認定を受ける必要があります。これは、1981年以前の旧耐震基準のマンションであっても、耐震工事を施したために、耐震診断で新耐震基準を満たすと判断された場合は対象になりませんので注意が必要です。

「全所有者合意」の緩和と「敷地売却制度」の創設

今般の改正により、区分所有者全員の合意を必要としていた規定が、3分の2の合意に改められました。これによって、1人でも反対なら成就しなかった「数」のハードルが大きく引き下げられたことになります。一方、都市再生法以外の場合は従来通り5分の4の合意が必要となります。

また、建て替え資金が準備できないために、区分所有者の合意形成ができない事も建て替えを阻む要因になっていましたが、今般、「敷地売却制度」という新たな制度が設けられました。

これは、区分所有者の合意形成(3分の2)後に、管理組合が「敷地売却組合」を設立してマンションの敷地と建物の権利を新設組合に移し、建て替えに向けた手続きを進めていく制度です。わかりやすく言うと、「建て替えを前提に、マンション全体の所有者を一時的に敷地売却組合に移す」のです。これにより、資金不足で建て替えに踏み出せなかった所有者の合意の後押しが期待されます。

容積率の緩和

容積マンション建て替え法において、敷地売却制度以上に注目される改正点が「容積率の緩和」です。これは、一定要件をクリアする建て替え事案について、特定行政庁の許可により容積率が緩和されるという制度です。
※容積率:http://www.homes.co.jp/cont/buy_kodate/buy_kodate_00092/

容積率が緩和されるということは、従来よりも階数の高い建物を建てることができたり、敷地面積を有効に利用することも可能となります。そうなると、建設する側のデベロッパーとしては販売戸数を増やすことも可能で、それに伴って建て替える所有者の資金的な負担を軽減させることも可能となります。

ただ、それらのメリットについて、少々誤解を持って認識されている点があります。それは、「改正前よりも容積が1.5倍の建物を建てることができる」というものですが、確かに、立地条件によっては1.5倍くらいまで増えるケースもあるようですが、多くのケースはそこまで増えることはないでしょう。

と言うのも、建物には日影等の規制をクリアする必要があり、日影等の規制には建物の高さが大きく関わってきます。容積率が増えるからと制限一杯の高さにしようとしても、高さ制限の壁が立ちはだかるため、容積率を余して建てなければならないのです。ですので、必ずしも1.5倍の規模にはならないということになるのです。

では、容積率緩和にはどのような要件をクリアする必要があるのかについて説明します。

敷地面積に関する要件

一つ目は、マンションの敷地が一定以上の規模を有する必要があることです。具体的な基準は以下の通りです。
敷地面積に関する規定

※用途地域:http://www.homes.co.jp/words/y3/525000680/

マンション単独のメリットではなく、周辺環境も考慮すべきとする要件

二つ目は、建て替え計画が地域の公益に資すると認められることです。各自治体によって、「公益に資する」規定の内容に違いがあるようですが、主として公園、保育所、介護施設、商業施設などが該当します。

マンションの建て替えはどのように進めて行くのか?

4つのプロセス建て替えの実施には大きく4つのプロセスがある事を押さえておきます。前項で「建て替え決議の合意」について説明しましたが、この合意が無ければ何も始まらないことから、最も重要な段階と言っても過言ではありません。そのため、これまでの内容をおさらいしながら、もう少し掘り下げて解説して行きます。

準備段階

まずは準備段階です。建て替えの話が持ち上がるのには、何らかの発端があります。一般的なケースとしては、区分所有者の中で、老朽化による建て替えを真剣に考える有志の方が、個人レベルで意見交換や勉強会などを行い、建て替えが必要との意見を理事会に提議する形が多く見られるようです。

ただ、理事会に提議したからと言って直ちに建て替えが協議されるとは限らず、先延ばしになる事がほとんどでしょう。でも、所有者の中には、日々「年数も相当古くなってきたが大丈夫だろうか?」と感じていても、口外にしないままになってしまう方もいらっしゃいます。ですので、建て替えが必要と考える方々は、理事会への再提議や同調者を増やすなど根気強く働きかけることになります。

そういった努力が実を結び、正式に理事会の場で議論されるようになれば、それまでの個人レベルの“意見”から、記録(議事録)に残る“議題”へとレベルアップさせることになり、一定の実現性が図れれば、管理組合内に準備組織が創設されるようになります。

このように、準備段階とは、「マンション建て替えの正式な検討開始を決定する段階」になります。

検討段階

この段階では、建て替えが本当に必要かどうかを調査・検証していきます。老朽化対策としては、必ずしも建て替えだけが最良の手段とは限りません。経年劣化部分の修繕や耐震補強等の改修工事などによって、外観を一新させたり強度を向上させることも十分可能です。

そこで、どの対策が有効かを検討するためには、各種の情報を入手する必要があります。入手すべき情報としては、以下の2つが考えられます。

○建築士等による耐震診断を実施し、新耐震基準を満たすためにはどのような対策が考えられるのか意見を提出してもらう。

○区分所有者全員にアンケートを実施し、マンションの現状と将来に対する考え、費用負担、建て替えに対する率直な意見などを提出してもらう。

これらの情報を理事会の議題に掛けます。その際、建て替えに関わった経験のあるコンサルタントなどの専門家を呼び、意見を提示してもらいます。そうすることで、気付かなかった問題点が浮かび上がって来ます。

各種の情報を検証した上で、建て替えが必要との結論に至れば、建て替えを推進する決議を行い、以降の区分所有者の合意形成を進めて行くことになります。

検討段階を端的に言うと、老朽化対策の中で「建て替えするのか修繕するのかを決定する段階」ということになります。

計画段階

建て替えの方向で検討していくとなれば、工事スケジュールや費用の試算など、具体的な計画を把握する必要があるため、複数社のマンションデベロッパーにプレゼンを依頼し、計画概要の説明を受けます。その後1社のデベロッパーに絞り込みます。

次に、各区分所有者に対して個別に計画概要を説明し、合意形成を進めて行きます。最後に管理組合総会の場で建て替え決議を行い、5分の4(都市再生法にかかる場合は3分の2)以上の賛成が得られれば、正式に建て替え実施の運びとなります。

このように、計画段階は全工程の中で最も重要な「建て替え実施を決議する段階」になります。

実施段階

文字通り、この段階は建て替えを実施する段階です。まず、敷地売却組合を設立し、権利変換計画(建て替え前後の権利関係の移行計画)を作成します。次に、既存のマンションが取り壊され、新たに再建設が行われます。完成後、新しい管理組合を設立して、マンションの建て替えの全工程が完了します。

マンション建て替え事業の流れ※図説参照元:一般社団法人マンション再生協会「マンション建て替え事業の流れ

実際のマンショ建て替え事例

マンション建て替え法が改正されるに至った背景と改正法の概要をご理解頂いたところで、実際の建て替え事例をご紹介したいと思います。

Ⅰ.小金井コーポラス(東京都小金井市)

小金井コーポラス

Ⅱ. ヴィラシミズ(東京都渋谷区)

ヴィラシミズ

Ⅲ.富士マンション(新潟市中央区)

富士マンション

法改正だけでは解決できない問題がある!?

ここまで、マンション建て替え法の概要や、建て替えの進め方、事例についてお話ししてきましたが、法改正が為されたからと言って、建て替えの障害がすべて無くなったとは言い切れません。本項では、法改正では解消できない問題について説明します。

建て替えに必要な費用負担

費用確かに、法改正によって建て替えのハードルは下がったと言えるでしょう。しかし、改正の有無に関わらず、建て替えには相当な費用が掛かることに変わりはありません。ここでは、具体的に何にどのくらいの費用が掛かるのかを見て行きます。

解体費用

鉄筋コンクリート造であるマンションは構造が堅固です。当然、解体費用は高額となり、坪あたりの解体単価は安く見積もっても5万円程度と言われています。仮に1戸が50㎡(約15.2坪)だとすれば、1戸あたりの解体費用は最低でも76万円掛かることになります。

他にも、共用部分、アスファルト路盤、屋外施設(ゴミ集積所、公園、庭園、外周フェンス、外灯等)も解体するとなれば、1戸あたりの負担は90~100万円くらい見ておく必要があるでしょう。

建設費用

昨今の資材費と人件費の高騰によって、以前は70万円程度だった坪あたりの金額が、現在では80万円程度必要になってきています。解体費用と同様に、1戸が50㎡だとすると、約1,200万円掛かることになります。

引越し・仮住まい費用

比較のため、50㎡の部屋を家賃8万円で借りるとします。すると、1年分の家賃(96万円)と引越し費用(10万円)で106万円が必要になります。

事務費用(コンサルタント費用、書類作成費用、登記費用等)

コンサルタント費用

マンションの規模にもよりますが、総事業費の3~5%程度が相場と言われています。比較のため、上記Ⅰ.Ⅱが50戸の場合で試算してみます。
・専有部分:(一戸あたりの解体費用100万円+一戸当たりの建設費用1200万円)×50戸=6億5,000万円
・共有部分(総床面積の約5%):6億5,000万円÷95×100×5%≒3,400万円
・概算コンサルタント費用=(6億5,000万円+3,400万円)×5%=3420万円
50㎡の部屋が50戸のマンションの場合、コンサルタント費用は最大で3420万円掛かる計算になります。

書類作成費用

関係省庁や権利関係者に対する許可申請等の書類や、近隣所有者などに対する書類作成費用です。コンサルタント費用に含まれるケースがほとんどです。

登記費用

所有権や抵当権、滅失(解体時)、表題(新築時)に関する登記費用で、登記手続きは司法書士や土地家屋調査士が行い、その費用が必要になります。専有部分の面積や地域、借り入れの有無などによって変わりますので、あらかじめ見積りを入手する必要があります。

他にも、近隣対策費用や解体後の集会費用も考慮する必要がありますし、さらに、引越時の家財処分費なども個々に掛かってきます。

個人負担以外の解体、建設、事務費用が建て替えの総事業費用となり、これを各住戸の専有面積割合で按分した金額が、各区分所有者に割り当てられることになります。

費用負担以上に困難な問題がある!?

NO老朽化したマンションには長年そこに暮らしてきた高齢者の割合が多く、慣れ親しんだ生活環境を変えたがりません。また、資金が捻出できなかったり、年齢的にローンを組めなかったりするため、多くの高齢者が建て替えに否定的な意見を持つことになり、合意形成が困難になります。高齢者でなくても、すでに住宅ローンを組んで購入した方にとっては、二重のローン負担が生じることになります。

そんな中で、よしんば5分の4(または3分の2)の合意が為され、数の論理で建て替えが決議されたとしても、反対住民が態度を硬化させ、そのまま居座り続けるケースさえあります。そうなると、裁判による強制立ち退きを請求することになりますが、法律上、私有財産は絶対的・排他的な権利として強く保護されるため、建て替え推進には複雑な手続きを経なければなりません。手間と時間を掛けて立ち退きが解決したとしても、“裁判沙汰という負の記憶”が残ることになります。

費用面の負担以上に、日常生活面の負担と不安は、老朽化マンション建て替えの大きな課題であることを理解しておかなければなりません。

まとめ

老朽化マンションの建て替えでは、何度かお話ししたように「建て替え合意の段階」が最も重要になります。しかし、その合意を得るのは決して容易ではありません。

資金が潤沢に用意でき、引越しも問題ないという方は、実際どれくらいいるでしょう。現実的にはそうでない方が大多数ではないでしょうか。

マンション購入を検討されている方には、希望をそいでしまうように聞こえるかも知れませんが、各地で出始めているこの問題が、未来へ向けての社会問題となることを十分認識しておく必要があるでしょう。

- 2016年12月08日