あなたのマンションは大丈夫?マンション大規模修繕トラブルを防ぐ、”価格開示方式”とは

マンション購入後にかならずぶつかる難問が「大規模修繕」。多くの管理組合では、管理会社などの第三者に委託していますが、こうした「丸投げ大規模修繕」では、修繕工事の遅延や積立金不足、最悪の場合には悪徳施工会社につかまってしまうなどのトラブルも・・・・・・。

管理組合が主体となってマンション大規模修繕を行うためには、工事にかかる費用などを “見える化”することが必要です。そのために役立つのが、今国土交通省でも推進されている多様な入札契約方式モデル事業のひとつであるアットリスクCM方式をマンション大規模修繕工事向けにアレンジした、「価格開示方式」とよばれる新しいマンション大規模修繕のかたちです。

今回は2016年5月末日に東京ビックサイトで開催された、日本最大級の住宅専門展示会「住スタイルTOKYO2016」内、社団法人日本リノベーション・マネジメント協会のセミナー内容を元に、価格開示方式の詳細や、その背景にある建設業界の問題について取り上げます。

セミナーでは、マンション大規模修繕に悩む管理組合の方の姿も

<日本リノベーション・マネジメント協会について>
一般社団法人日本リノベーション・マネジメント協会(RMAJ)は、「価格開示方式」(RM方式)の発展と普及をめざしリノベーション・マネジャー(RMr)の資質と技術力の向上をはかり、公正かつ自由な経済活動の機会確保および促進と、その活性化による国民生活の安定・向上に資することを目的に設立された団体です。

リノベーションマネジメント協会_岡廣樹氏<プロフィール>
日本リノベーション・マネジメント協会会長
岡 廣樹 氏
1950年生まれ。近鉄不動産株式会社などにて、インハウス・エンジニアとして研究開発、建築生産、維持保全に携わる。一級建築士、マンション管理士、管理業務主任者資格などを所持。「ソーラーハウスの研究」(シャープ・永大産業との共同研究)、「超高層集合住宅の地震災害リスクマネジメントに関する研究」(京都大学との共同研究)などの研究実績をもつ。主な著書は「はじめてのマンション大規模修繕「価格開示方式」が管理組合を救う」(東洋経済新報社)、「そこが知りたい マンション大規模修繕Q&A」(監修・著、鹿島出版会)、「CMガイドブック」(共著、日本コンストラクション・マネジメント協会)。

「積立金を払っているから大丈夫」は間違い?!

住スタイルフェア2015「マンション大規模修繕は、干支が一回りする12年に1度を目安に行うべし」というのが定説です。もちろん建物構造や環境によってその周期は変化しますし、建築技術の向上により大規模修繕を延長することも可能となってはきていますが、一般的なマンションが減価償却をおえる約60年の間に5回は大規模修繕が必要になると考えておくのが安心でしょう。ところが、マンションデベロッパーの多くは3回目の大規模修繕までしか計画していないことが多く、修繕金が不足してしまうケースが増えています。

「丸投げ大規模修繕」にひそむリスク

リスク第三者への丸投げ大規模修繕によるリスクはこれだけではありません。工事予算の超過・修繕金不足による大規模修繕の大幅な遅延、アフターサービスの不履行、さらには業者選定時の談合や利益のキックバック、極端な安値受注による手抜き工事など、さまざまなトラブルの温床にもなりかねないのです。
大切なことは管理組合がしっかりとマネジメントし、信頼できる施工業者を選ぶこと。そのためにぜひ行いたいのが、価格開示方式による大規模修繕工事の“見える化”です。

価格開示方式で、大規模修繕工事を“見える化”する

工事に必要なお金の内訳を「開示」し、管理組合が主体となって工事会社を選択するのが、価格開示方式です。日本ではまだ耳慣れない言葉ですが、世界各国では標準的な施工方式として取り入れられています。そのポイントを、3つに分けて説明しましょう。

① 工事原価と利益を分け、お金の流れを明確にします
従来までの大規模修繕見積りでは、工事にかかる原価と施工会社の受け取る利益をいっしょくたにした合計金額が提示されることがほとんどであり、金額の妥当性を管理組合が判断することは困難になっていました。これを改めるため、価格開示方式では工事費を「原価」と「利益」で分け、それぞれに含める金額の要素についても規定。工事費の内訳に加えて、施工体制やお金の流れ方を開示する「オープンブック方式」をとることで、より健全な工事運営を実現します。

② 価格開示方式が適正に実施されているか、第三者からのチェックを受けることができます
大規模修繕にかかる費用は、全て居住者(区分所有者)から集めたお金でまかなわれています。だからこそ管理組合では,その使い道について明確に説明することが義務づけられています。「マンション大規模修繕においては、公共事業と同等の説明責任がある」と言われているほどです。
日本リノベーション・マネジメント協会では、「価格開示方式」が適正に実施されているかオープンブック監査を実施しています。この第三者により監査が実施されることで、はじめて管理組合の役員は区分所有者に対する説明責任を果たすことができるのです。

③ 中立・公平な立場のアドバイザーによる手助けを得られます
開示された情報が適性なものかどうか、管理組合だけで判断するのが難しい時の新たなサポート役が「リノベーション・マネジャー(RMr)」です。RMrはマンション大規模修繕における価格開示方式の専門家としての認定資格を有し、中立・公平な立場から大規模修繕へ向けてのアドバイスやプランニングを行います。
RMrが中立・公平な立場から大規模修繕へ向けてのアドバイスやプランニングを行っているといろいろなものが見えてきます。たとえば事前の検査を行うことにより、従前の大規模修繕のサイクルを見直すことも可能になるかもしれないのです。

「満足できる大規模修繕工事ができた」
実際に採用した管理組合からの声

大規模修繕価格開示方式を採用した大規模修繕工事の例は、着実に増えています。なかでも建通新聞にも掲載されるなど大きな話題となったのが、2013年の兵庫県宝塚市内にある地上八階建てのマンションの事例です。このマンションでは日本リノベーション・マネジメント協会の協力のもと、価格開示方式を採用。管理組合自らが施工業者を選定し、初めての大規模修繕工事を終えることができました。
選定時に集まった大半の業者が提示した見積価格は、元のマンション管理会社が提示していた7割から8割程度。さらに修繕時にはそれまで把握されていなかった建設当初からの問題点も明らかとなりました。
「『価格の見える化』を行うことで、全ての居住者が納得できる修繕を行うことができた。」「実際に工事現場で働く職人さんたちと話す機会も増え、工事そのものへの理解も深まった。」と管理組合や住民の方からの評判も上々。さらに施工業者からも「思い出に残る現場のひとつでした。」と双方にとって良い工事を行うことができました。

知っておいて欲しい、建築業界が抱える大きな問題

「無駄を排除し、必要最小限の費用で、最大限の利益と品質を得る」これが価格開示方式による大規模修繕工事の“見える化”の大きなメリットです。だたし、この恩恵を受けるのは管理組合だけではありません。工事現場で働く企業や職人さんたちにとってもまた同様なのです。

その背景にあるのが、建築業界が抱えている大きな構造問題です。工事とひとくちにいっても、ひとつの建物を完成させるために必要な労力は大変なものです。大規模修繕でいえば、足場の架設、屋上防水などの塗装、設備の修繕など、各工程や分野の専門家である企業や職人さんが力をあわせることではじめて実現します。特に最近では慢性的な職人不足ということもあり、同業の専門会社が数社集まって工事にあたることは少なくありません。そのため発注された元請け業者を先頭に、二次、三次、四次と下請け企業が続く「重層下請け構造」が慣習化しているのです。

ところがあまりに多くの会社が入り込むことで、工事管理やチェック体制があいまいになってしまったり、なかには利益だけを中抜きし、実際の作業は下請けに丸投げする企業が出てくるなど悪質な事例も起きてしまいました。その最たる例が、2015年10月に発覚した横浜市のマンション杭打ち工事データ偽装問題です。

中抜き企業の横行が招いた「データ偽装」事件

これは「マンションが傾いているのではないか」という住民の方の通報をきっかけに、建設時の杭打ち工事に関してデータ偽装が行われていたことが発覚。基礎工事が不十分であったことが明らかとなった問題です。杭打ち工事に関係したのは3社。そのうち実際に工事を行ったのは三次下請け企業であり、本来監督責任を果たすべき元請け企業の無責任さ、また現場監督すべき一次下請け企業は現場に一切出てこず、二次下請け企業の監督責任を問題視したというのが真相でした。

管轄する国土交通省は同3社へ行政処分を下し、日本建設業連合会、全国建設業協会などの元請け団体も即座に対応・再発防止に取り組んでいます。しかし同様の施工データ偽装が他の企業でも行われていたことがその後の調査で分かっているなど、前途多難と言わざるをえません。建設業界の構造そのものを変えない限り、こうした問題は起こりえるのです。

誰もが安心して住めるすまいづくりのために

安心して住めるすまいづくり必要なコストと利益をきちんと開示し、正しくお金が流れるようにすることは、こうした工事トラブルや不当な中間業者が入り込むのを防ぎ、今まで末端に追いやられてしまっていた企業や職人さんたちを応援することにも繋がります。

建設業界はその労働環境の厳しさもあり、深刻な後継者不足が起きています。*国土交通省が発表したデータによれば、建設業で働く人の3割超が55歳以上、29歳以下はなんとか1割を保っているという状況。全産業の平均と比較しても、極めて早い速度で高齢化が進んでおり、技術継承が危ぶまれています。
*参考資料:2016年3月発表「建設業を取り巻く情勢・変化」より

こうした現状を変えたいと願う建築会社や町の工務店さんを中心に、価格開示方式は今少しずつ広がりを見せています。価格開示方式が当たり前のものとなったとき、日本の建築業界ははじめて構造改革を遂げることができるのではないでしょうか。

- 2016年07月11日