新たな住宅への概念が「空き家問題」改善への一歩に~SOCIUS岩間隆司氏インタビュー~

SOCIUS岩間隆司氏
昨今、目にすることが多くなった「空き家問題」のニュース。空き家とは文字通り、人が住んでいない、空っぽで老朽化が進んだ家がそのまま放置され続けている状態のことですが、
特に昨年『空き家対策特別措置法』が施行されてからはいよいよ社会問題としてクローズアップされるようになりました。空き家問題の根本的な原因は何なのか、そして対策はあるのか――今回は家を生み出す側の岩間氏にお話を伺い、建築家目線で考える空き家問題について語っていただきました。

<プロフィール>
岩間隆司
株式会社ソキウス 代表取締役/建築家
1961年東京都生まれ。東京理科大学工学部建築学科卒業後、1988年一級建築士資格取得。1992年株式会社ソキウスを設立。SOCIUS(ソキウス)とはラテン語で「仕事仲間・相棒」を意味し、顧客の家づくりや集合住宅事業において相棒の位置づけをモットーにしている。

造り過ぎている住宅の着工数をコントロールするべきか?

着工―「空き家問題」が社会的に注目されるようになりましたが、建築家の立場として「空き家問題」の本質的な問題点は何だと思いますか。
要因として2つあると思います。
1つ目は、住宅建築が産業構造の中に組み込まれてしまっていることです。景気動向を表すのに新築住宅の着工件数が引き合いに出されるのを目にしたことはありませんか。“景気が良い=住宅を造る”は、お金の流れに勢いをつけますから経済の指標になっているわけです。
2つ目は、持ち家意識や新築至上主義が世間に根付いていることでしょう。
もちろん、私も含め、住宅建築を生業としている人間にとっては仕事が循環しますが、需要と供給において、本当に住宅が必要かどうかの前に造り続けなければならない産業構造になってしまっています。要は、新築の住宅を造り過ぎているのです。

―少子高齢化や核家族化が進む中、未だに住宅を造り過ぎているのでしょうか。
住宅着工はバブル期が130万戸~170万戸、2015年で91万戸くらいまで下がってはいますが、それでも造り過ぎだと思います。
多くの建売住宅の販売価格は、想定される購入希望者層の生涯年収から設定されています。生涯に一度は我が家を、と願う多くの方々をターゲットにしているのです。その結果、本来、人間の寿命よりも永いはずの住宅建築の寿命でも、多くの住宅は一代限りで潰れていくことになってしまっています。

安易に建ててしまった住宅の、その後は大変ですよ。
住宅を壊す際には一棟平均で約42tの廃棄物が排出されると言われており、CO2を大量に間接排出することになるので、環境問題も無視できません。

また、空き家が増加する一種のメカニズムとして、たとえば300坪程の大きな土地があって業者が購入したとすると、だいたい私道で区切り20坪程度の建売住宅にして販売します。想定される販売価格から逆算して土地の区割りがされるからですね。その区域が将来どうなるかというと、一画また一画と壊れて歯抜け状態になるが、住宅の劣化は個体差があるのでまだ壊れない住宅には人が住み続けます。歯抜け状態では更地にできませんから土地そのものの再開発が難しい。これも安易な開発によって生じる問題点と言えるでしょう。

このようにしてできた空き家は、都内でもどんどん増え続けているので深刻な問題です。
日本の住宅政策で、年間の住宅着工数をコントロールしてはどうかという考え方もあります。それも一理あるとは思いますが、生涯に一度は我が家を所有したい、という希望も決して否定されるものではありません。ただ、住まいのあり方に関しては、もっと多様な価値観と、それに応える選択肢が豊富に存在していてもよいと思います。例えば、中古住宅の積極的な活用、退去時の原状回復の制約に縛られないリノベーションによる賃貸住宅での生活などが考えられますが、他にもいろいろなアイディアが生まれてくるでしょう。

中古マーケットの充実は良質な建物を造るきっかけに?

―先日、宅地建物取引業法の一部を改正する法律案が閣議決定されました。
その際、国土交通省から成果指標が出ていて、平成37年までに中古住宅流通の市場規模を現在の4兆円から8兆円を目指すそうです。中古住宅の市場活性化も当然、空き家問題の改善には一役買ってくれると思うのですが、いかがですか。

ようやく政府も中古マーケットを充実させようと動き出しましたよね。
また、それには長持ちする良質な建物を造っていく意識も大切になるでしょう。「長期優良住宅」として認定された住宅が税制や融資においてメリットを受けられる『フラット35』の取り組みも間違っていないと思います。

―古い建物は耐震基準の問題もクローズアップされていますが。
古い建物が良くないというのは一概に言えなくて、結局は高品質な建材を使用して丁寧に造られた建物は頑丈です。ただ、多くの住宅建築では十分な耐震性があることを確認する構造計算が義務付けられていないことも、一つの問題点かもしれません。

また、ときどき、住宅を造る際に「この通りにやってほしい」と、ご自分で書いた間取りのスケッチを持参される建主の方がいます。
ただ、「間取り」と「プラン」とは違います。私たち専門家は住宅全体のバランスを見わたし、構造的にも設備的にも整合性を図った設計を考えます。それが「プラン」です。それによって、コストも抑えつつ、使い勝ってもよく丈夫で長持ちする建物になるわけで、「プラン」を造る過程で建主の方々としっかり話し合っていくことが大切だと考えています。

潜在ニーズがあるリノベーション物件

リノベーション―いっぽう、中古住宅や中古マンションでは自分たちで大掛かりなリフォームをする、いわゆるリノベーションが若い方の間でもブームです。リノベーションという選択肢も中古物件のひとつの売り出し方ですよね。
売り出し方のひとつではあると思います。
国土交通省が借主の意向を組んで改修できる賃貸借契約やその物件の活用についてDIY型賃貸借の指針(ガイドブック『DIY型賃貸借のすすめ』を作成)を出したのはとても良いことです。

今まで、リノベーション物件に関しては基本的に原状回復義務があったので、退出時は元に戻さなければなりませんでした。こんなに無駄なことは無いと思うのです。たとえばテナントが室内に棚を設置した場合、棚の跡にはビス穴が残るし壁紙も日焼けで色が変わっているでしょうから、その部分は全面やりかえ工事です。お金も時間もかかりますが、次に入居されたテナントが同じように棚を設置すれば、同じことの繰り返し。
ですが、国土交通省の指針では、改修内容や明け渡し時の原状回復の有無を賃主と借主があらかじめ明確に認識し、合意すること等が盛り込まれています。最近では、原状回復義務がそもそも免除されているDIY賃貸住宅も注目されていますね。

もちろん、どこまでDIYが許されるかという問題はあります。たとえば、窓が嫌いだからと1つもつけなかったり、換気扇が邪魔だからと全部取ってしまう等は、違反建築になります。基本的には内装に留めてもらい、大掛かりなDIYの場合は専門家に携わってもらうほうが望ましいでしょう。

法的に様々な制約があるものの、リノベーション可能な物件は潜在ニーズがあると思いますからDIYを付加させることを前提とした新たなビジネスモデルがあってもいいですよね。たとえばリノベーション可能な物件だけを請け負うシステムが構築できれば、もっと物件探しも楽になるはずです。そういった物件が今よりもっと増えて、マーケットが確立すれば実現する可能性はあるでしょう。

これまで不動産業界は保守的な部分が多く、旧来の価値観やビジネスモデルから、なかなか脱却できていませんが、インターネットを用いた新たなビジネスモデルの構築など、「空き家問題」への対応が一つ風穴を開けてくれるかもしれませんね。

ネットの普及は新たなビジネスモデルを作るチャンス

インターネット―世間一般にインターネットが普及し、不動産業界にもIT化の波が押し寄せています。不動産業界は保守的というお話も出ましたが、ネット時代の到来で「空き家問題」にも変化が起こるでしょうか。

岩間:先ほどリノベーション可能な物件を扱う新たなビジネスモデルの可能性について話しましたが、今までそのようなビジネスモデルが確立しなかったのは、市場全体での物件数が少なかったからです。

ですが、そこには確かに強烈なニーズがあって、ネットの普及でお客様が自分で少ない物件を探せるようになりました。そのニーズに応えるべくして生まれた言葉が“デザイナーズ・マンション”です。コンクリート打放しとか、開放的な吹き抜けを設えた建物に住みたいという消費者の声が、ネットの普及で不動産会社にも届くようになったのです。ですから、ネットを駆使すれば新たなビジネスモデルを生み出すことは可能でしょう。もはや、自社サイトを持っていない不動産会社は存在しないのと同じでしょうね。

インスペクションの活用で“優良住宅”は増えるのか

―先日、国土交通省が行った閣議決定で、不動産業者は建物状況を調査するインスペクションを活用する意向確認を顧客に義務付ける法改正が発表されました。
特に中古住宅においては、ホームインスペクターと呼ばれる住宅診断士が事前に建物の基礎や構造、屋根などの劣化状況を調査してくれるので資産価値がわかるし、より長く住むことができる指針になります。ただ現状、ホームインスペクターの絶対数が少ないという話も聞きますが。

岩間:私たち建築家でもホームインスペクター等の資格を取得する動きが出ています。今後は中古住宅を購入する際、より専門家の目が大切になってくるでしょう。たとえば、今までは新築物件だけが対象だった『フラット35』が、中古物件にも適用されるようになりました。

『フラット35』は最長35年間金利固定の住宅ローンですから、お客様は当然、そこからお金を借り入れして住宅を手に入れたい。ですが、『フラット35』は審査基準を通って優良住宅と認定されなければ利用できない制度です。ではそれを誰が審査するの?というところで専門家の目が必要になってきました。

多くのお客様は専門的な知識はありませんから、優良住宅かどうかを判断するホームインスペクターの能力は重要であり、責任も重大です。また本来、建物の真価は、きちんと建築基準法等の法令に則して建てられているかどうかが最大の判断基準のはずです。

建物を建てる際には、建主は建築基準法に則している旨の建築確認の申請を行政や検査機関に提出し、建物が完成したら、建築確認通りの建物である旨の完了検査を受けているはずです。インスペクションでは、これら建築確認証や完了検査済証と実際の建物とを確認していけば容易なはずなのですが、なかなか、そのようには進んでいきません。これまで建築確認や完了検査のあり方が曖昧であった、ということです。

ただそれ以前に、建築基準法等の法令があまりにも複雑で、建物に対する制約が多過ぎるという点もあると思います。多く複雑な建物への制約は、もっと誰もがわかりやすいものにし、違反したら厳重なペナルティを課すというシンプルな仕組みにする必要はあると考えます。

意識を変えて住宅に対する価値観を見直すこと

価値観―住宅着工数のコントロールや新たなビジネスモデルの構築など、様々な可能性がありますが、今のところ「空き家問題」を解決するにはこういった多岐にわたるアプローチを模索していくということでしょうか。

岩間:政府の施策や業界システムといった点ではそうだと思いますし、後は市場動向で決まるのではないでしょうか。それ以外に私は、消費者の意識を変えないといけないと思っています。私が考えるのは2点です。

1点目は、「古いものをアレンジして使う」という意識の向上。せっかく造った住宅を次世代に引き継いでいく価値観の底上げです。もちろん、一人前になったら家を持つという考え自体を否定しているのではありません。そもそも私は建築家で建物建築を生業としており、新築住宅の計画はとてもやりがいのある仕事だと思っています。ですが、“一人前”の証としては賃貸住宅→分譲や新築住宅というステップの他にも選択肢があるのだということを広めていきたい。

2点目は、住宅に対する新たな基軸を作っていくこと。住宅を建てる前に改めて自分のライフスタイルを見直し、どのような住宅が自分にマッチしているのかを考えていただきたいのです。また、私たち建築家も幅広い選択肢を示す義務があると思っています。たとえば、私の会社があるこの地も現在、新築マンションの建設ラッシュなのですが、見るとどれも似たような外観で間取りや設備も同じ。類似品を造るほうが不動産会社や施工会社は楽なのかもしれませんが、設備的に大差のない建物をどうやって販売するかというと、価格競争しかありません。

建物自体にもっと、個性を持たせるべきではないでしょうか。なぜなら私は、豊かさとは選択肢の多さだと考えるからです。先ほどのデザイナーズ・マンションの話のようにたとえば吹き抜けがあったり、あるいは充実したコミュニティスペースがあったり、今の時代ならシェアハウスのような、個室があって水周りが共有スペースといった建物もアリでしょう。このような何かに特化した建物がたくさんあって良いと思うし、そこに顧客は自分のライフスタイルを重ねることができる。全体の物件数も少ないから激しい価格競争になることもないですよね。

もちろん、不動産会社にしてみれば、物件数の少ない、何かに特化した物件を扱うのは空室となるリスクが大きい、と考えられてきました。ですがこれだけネットが普及している今は、需要と供給を組み合わせる仕掛け作りはいくらでも考えられるはずです。

私たち建築家も、固定概念に囚われず付加価値をどんどん生み出していきたい。顧客がすべて同じ物件を求めているわけではありません。「空き家問題」を改善するダイレクトな方法はないかもしれませんが、新しい住宅の在り方や価値観、意識を全体的に変えていく中で活路が見出せるのではないでしょうか。

- 2016年06月13日